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画家の桐谷逸夫さんがヒマラヤ杉を守る活動のことをご紹介くださいました。

お知らせ ご報告

昨日(10月22日)の読売新聞朝刊コラム「一期一絵」にて、画家の桐谷逸夫さんがヒマラヤ杉を守る活動のことをご紹介くださいました。

桐谷さんは先日、奥様のエリザベスさんの故郷ボストンに引っ越されました。その桐谷さんの置き土産ともいうべきコラム、どうぞご一読ください。
(谷中にアトリエは残っているので、来春にはまた帰国される予定とのことです)

以下、全文です。

大切な「見慣れた景色」
残そう街の名木

 東京の下町には庭がなく、路地で鉢植えの植木や草花を育てて楽しむ人が多い。それらを隣近所一緒になって楽しむのだ。
 家の片隅から伸びた大木が道を覆っている景色に出くわすこともある。30年近く前に、台東区谷中に引っ越してきた時は、そんな木がたくさんあった。
 見事な枝振りの2本の桜の木もあった。春になると空を花で埋め尽くし、通りかかる人々の目を楽しませてくれた。しかし、2本とも伐採された。1本は駐車場を作るため。もう1本は家の建て替えのために。
 大きなイチョウの木もあったが、ある日突然切り倒された。歩道の中にあるから邪魔だという理由で。こうして、街の名木が次から次へと消えていった。
 今また1本の木が危機にさらされている。高さ20メートル余り、樹齢70~80年のヒマラヤ杉だ。寺町の一角にあるパン屋さんのご先祖が鉢に植えた木が、地に根を張って、今では街のシンボルになった。
 地元で生まれ育った矢嶋桃子さん(35)は、木の下の通学路を通って学校に通った。だから去年の春、宅地造成のために辺り一帯が更地になる計画と聞いてびっくりした。「見慣れた景色がなくなるかもしれない」
 急いで近所の人たちに相談した、どうしたら残せるかと。街の人たちが協力してくれた。同じ思いの人たちがいることも分かった。地元の町会連合会やまちづくり協議会が中心になって、保存のための署名運動も始められた。
 結果はどうなるか分からないけれど、矢嶋さんは街を愛し、思いを分かち合える人たちと一緒に住む幸せをかみしめている。12

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