ヒマラヤ杉と寺町谷中の暮らしと文化、町並み風情を守る会 » 応援メッセージ

応援メッセージ

谷中にゆかりのある方々からいただいたメッセージを掲載いたします。

漫画家 わかつきめぐみさん

 ヒマラヤ杉に至るには、単純に言って三つの道筋があります。
 ひとつめは谷中方面から、ふたつめは言問通り方面から、みっつめは根津方面から。
 人によりお好みはありましょうが、ワタクシが好きなのはみっつめの根津方面からのもので。頭の上を枝がさしかける三浦坂を――傾斜が急なので運動不足の身にはちとキツい――登りつめると広い道に出て、いきなり頭の上が すこん と広くなるのが心もとないような気になりつつ歩を進めて、右に曲がると見えるのが、三叉路に立つヒマラヤ杉。
 四方に広げた枝の下に来ると、先程までの心もとなさもどこへやら、なにやらほっとするような気持ちになるのです。木より高い建物がまわりにないというのもその一因でしょう。
 ヒマラヤ杉に向いたおとなりのみかどパンの細い桟のついた窓も絵になるし、椅子が置いてあったりしたら座って読書でもしたいところ。それくらい、ここはおだやかで、雰囲気が良いのです。
 しかし、ほっときゃ勝手に雰囲気が良くなるわけでもなし、必ずそのおだやかな雰囲気をつくりだして、そしてそれを維持するために心を砕く人達がいるからこその、この雰囲気なわけです。ヒマラヤ杉の落葉がだらしなく散らばっていることがないということひとつにさえ、住んでいる人がまちの雰囲気を大事にしていることが現れているように思います。
 憶測だけれど、これだけ大きい木になると 困ったな というような折は、いくらでもあったと思うのです。でも、だからといって じゃあ切っちゃえ なんてことはしなかった。それは、ヒマラヤ杉がまちの一部だからなのではないかしら。個人の持ちものではなく、まちの一部。
 今の日本に暮らす人なら、あたりまえのまちの景色とそのもとでの暮らしが、どれだけ大切でどれだけもろいものか、痛いほど身にしみているはず。
「ヒマラヤ杉のあるまち」を、残しましょうよ。ねえ。

ヒマラヤ杉_02
『やにゃかさんぽ』第1期(「やにゃかさんぽ」(白泉社)に収録)でやにゃかが谷
中のヒマラヤ杉に出会うシーンより。
現在WEBで連載中の第3期シリーズでは、ヒマラヤ杉が伐られてしまうかもしれない
と、猫たちが議論を交わすストーリーも。

わかつきめぐみ

新潟市出身。まんが描き。1982年デビュー。現在、白泉社のホームページ上で“やにゃかさんぽ”連載中。(http://www.hakusensha.co.jp/yanyaka/ )谷中に住む猫たちの話で、主人公の猫・やにゃかは、背中に桜の花びら形の白ブチがある黒猫。作中でヒマラヤ杉は谷中のクリスマスツリーとして登場しています。

作家・著述家 佐々木譲(ささきじょう)さん

IMG_8166 谷中に住んで、もう二十年以上になる。生まれ育った北海道を離れてずいぶんたつが、わたしにとって谷中はもうひとつの故郷と言える土地である。
 何より谷中の街並み、たたずまい、景観が好きだ。寺町だから、幹線道から一本内側に入ると、寺の本堂より高い建物は建てない、という不文律が生きている。新しい建物や民家でも、様式からの極端な逸脱は少ない。商業主義も控えめだ。おかげで、街並みは落ち着いている。また地形に高低差があるせいもあるし、小路、路地が入り組んでいることもあって、景観はけっして平板、退屈なものではない。毎日の散策を楽しくしてくれる豊かな陰影がある。通りの角を曲がるたびに、意外性に出会う。町のサイズも、じつに人間的なスケールだ。ヨーロッパの古都の旧市街にも似た狭さと集積感が、住む者には心地よい。ひととひととの間の近さも、ほかでは得難いものではないか。
IMG_8159 その谷中の中でも、大好きなポイントのひとつが、みかどパン店のある三叉路、ヒマラヤ杉が濃い影を作っているあのY字路だ。そう思っているのは、わたしだけではないはず、谷中で景観の人気投票をすればベストスリーに入ることは確実だろう。谷中の文化遺産、歴史遺産だと言っても大げさではないくらいの魅力的な場所、それがあのみかどパン店の三叉路とヒマラヤ杉だ。
 その景観がいま危機にあると聞いて、胸を痛めている。あの眺め、あのたたずまいは、いったん失えば二度と回復は不可能だ。代替品はない。どれほどのお金を積んでも、そこに蓄積されたきた時間と記憶は、取り戻すことはできない。しかも、あの場所は谷中の「内側」にある。そこにいったん野放図な商業主義を入れてしまったら、谷中は内側から、崩れてしまう。住民たちが長い時間をかけて磨き上げてきた谷中らしい風情は、たちまち砂粒化して風に吹き飛ばされてしまうのではないか。
 自分に何ができるかわからないけれども、わたしはとにかく声を上げる。谷中のヒマラヤ杉を守れと。

佐々木譲(ささき じょう)

1950年、北海道夕張市出身。著述家・作家。自動車メーカーや広告代理店に勤務のかたわら執筆活動を続ける。『鉄騎兵、跳んだ』で文芸春秋・第55回 オール読物新人賞を受賞し作家デビュー。『エトロフ発緊急電』(日本推理作家協会賞、山本周五郎賞、日本冒険小説協会大賞)、『武揚伝』(新田次郎文学 賞)、『廃墟に乞う』(直木賞)など、主に冒険小説、歴史小説、警察小説の分野で活躍を続けている。三代に渡る警察官の魂を描いたミステリー『警官の血』 (新潮社)には、谷中の天王寺駐在所に配属される警察官が主人公として登場する。
HP:佐々木譲資料館 http://www.sasakijo.com/